大成3丁目の夕日 第9話
2010年6月に突如として始まった
『大成3丁目の夕日』シリーズ。
最後に「つづく」と書いてあるのにもかかわらず、
2年以上止まっていました。
て、言うか忘れてました。(;^ω^)
なんとなく気分で続きを書きます。
1~8話から読んでみたい方は、
以前のブログを読んでください。
このあたりのページにあるはず。→http://worldms2008.ocnk.net/index.php/diary?page=10
西暦2003年2月28日
その日はやってきました。
タイホウ自動車工業所 最後の日。
数日前から通常業務はほとんどなく、
主に片付けや工場設備の移動なんかをやっていました。
そして最後にみんなで最後に集まり、
病気で話せない社長からまた手紙をもらいました。
今度は一人一人個別に手紙をもらいました。
私のもらった手紙には
やはり誤字脱字の多いとても読みにくい(;^ω^)
社長のメッセージが書いてありました。
長いことご苦労さんでした。
思い出してみると早いもので
もう11年たつのだなぁ。(正確には9年半くらい)
5年くらい前かな?
よく「よってけ」(よく行った居酒屋の名前)で飲んだっけ。
それで笠原(社長の飲み友達で私の高校の先生)と知り合い、
2級とったんだよなぁ。(国家2級整備士のこと。)
【*笠原先生は私のことを馬鹿にしていて、
2級整備士の資格は取れるわけがない。と、言い切っていました。
そのことに社長はすごく腹を立てていて、
私が資格を取るのをとても助けてくれたんです。】
このたびは大変申し訳ない。
全部俺の病気のせいでこんな(全員解雇)ことになってしまった。
それ以前に経営体制があまかった。と思ってます。
そのせいでみんなに迷惑をかけることになってしまった。
毎日泣きべそかいているが、もう遅い。
なるようになれ。
ふてくされてる。
しかし、そんなことではいけない。
これから私も歯を食いしばって頑張ります。
お互いに頑張ろうね。
広瀬君も立派な青年となってください。
今後の立身出生をお祈り致します。
2003年2月28日 MK
社長は人と話すのが好きでした。
おそらく手紙でしか自分の気持ちを伝えられないのが、
歯がゆくて仕方なかったんだと思います。
腕一本いや、指一本で
最後に伝えてくれたメッセージでした。
あれから9年
いま大成3丁目264番地は
セブンイレブンが営業しています。
ここに自動車修理工場があったなんて、
誰も知らないでしょう。
ただあのころと同じ夕日だけが、
やさしく照りつづけるのでした。
たぶんつづく
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担当 広瀬